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大阪地方裁判所 平成2年(ワ)306号 判決 1991年2月28日

原告

森川美千代

ほか一名

被告

武川亮祐

ほか一名

主文

一  被告らは、各自、原告森川美千代に対し金一三七二万〇六九九円、原告森川佐千子に対し金一四四七万〇六九九円、及び右各金員に対する昭和六三年一〇月二九日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、各自、原告森川美千代に対し金二八〇三万〇四一〇円、原告森川佐千子に対し金二九〇三万〇四一〇円、及び右各金員に対する昭和六三年一〇月二九日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、普通貨物自動車を運転中に大型貨物自動車に追突され死亡した被害者の遺族が、大型貨物自動車を運転していた運転手に対しては民法七〇九条に基づき、右運転手の使用者であり、大型貨物自動車の所有者である会社に対しては民法七一五条及び自動車損害賠償保障法(以下、「自賠法」という。)三条に基づき、各損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実

1  事故の発生

次の交通事故が発生した。

(一) 日時 昭和六三年一〇月二八日午後一一時一〇分ころ

(二) 場所 静岡県沼津市西推路東名高速道路下り車線の東京起点一〇六・二キロメートルポスト付近路上(以下、「本件事故現場」という。)

(三) 加害車 大型貨物自動車(福岡一一き五六三三号)

右運転者 被告武川亮祐(以下、「被告武川」という。)

(四) 被害車 普通貨物自動車(泉一一え八四四八号)

右運転者 訴外森川清満(以下、「清満」という。)

(五) 態様 本件事故現場において、加害車が被害車に追突した。

(六) 結果 清満は、本件事故により胸部圧迫による気道閉塞のため死亡した。

2  責任原因

(一) 被告武川

被告武川は、制限速度違反及び前方不注視の過失により本件事故を発生させたから、民法七〇九条に基づき、本件事故により生じた損害を賠償する義務がある。

(二) 被告御山通商有限会社

被告御山通商有限会社(以下、「被告御山通商」という。)は、加害車を所有し、本件事故当時、これを自己のために運行の用に供していたものであり、また、被告武川を雇用し、本件事故当時、同人を自己の業務の執行にあたらせていたものであるから、自賠法三条及び民法七一五条に基づき、本件事故により生じた損害を賠償する義務がある。

3  清満の年齢及び職業

清満は本件事故当時三八歳(昭和二五年一月一日生まれ)であり、千喜良運送店に運転手として勤務していた。

4  損害

本件事故により、清満の損害として、治療費二万七八七五円、病院に対する謝礼四万円、原告佐千子固有の損害として、清満の葬儀費用一〇〇万円、原告ら固有の損害として、交通費五万六二三〇円、遺体運搬費七六万五三五〇円の損害が発生した。

5  権利の承継

原告森川美千代(以下、「原告美千代」という。)は清満の子、原告森川佐千子(以下、「原告佐千子」という。)は清満の妻であるところ、原告らは、清満の死亡により、同人の被告らに対する損害賠償請求権を法定相続分に従い二分の一ずつ相続した。

6  損害の填補

原告らは、本件事故による損害の填補として、自動車損害賠償責任保険から二一二六万八九六四円、被告御山通商から、二六八万四四五五円を受領し、各二分の一ずつを原告らが清満から承継した損害賠償請求権及び原告らの固有の損害賠償請求権に充当した。

二  争点

1  損害額

原告らは、清満が本件事故により死亡したことによつて、前記争いのない損害のほかに、清満の損害として、死亡による逸失利益五二三二万九七八四円及び慰謝料二〇〇〇万円、原告らの固有の損害として、弁護士費用五〇〇万円の損害を被つたと主張し、被告らはこれを争つている。

2  過失相殺

被告らは、次のとおり過失相殺の主張をし、原告らは、これを争つている。

本件事故は、走行車線を走行していた被害車が右後方の安全を十分確認しないまま追越車線に車線変更をしたため、被害車の後方の追越車線を走行していた加害車が追突の危険を感じて走行車線に進路を変更したところ、被害車が再度走行車線に進路を変更してきたために、加害車が被害車を避け切れずに追突して発生したものであり、そもそも、車両を運転する者はみだりに車線変更をしてはならず、やむを得ず車線変更をする場合には、変更後の進路上の後続車の速度又は方向を急に変更させることにならないように注意し、かつ、進路を変える場合は少なくとも三秒前に進路変更の合図をしなければならない義務があるにもかかわらず、清満は、これを怠り、後方の安全を確認しないまま二度にわたり車線変更をして加害車の進行を妨害し、しかも、清満が最初の車線変更をする際には、その合図をしてから進路変更を開始するまでの時間は二秒にも達しなかつたものであるから、右のような清満の過失を斟酌して少なくとも八〇パーセントの過失相殺がなされるべきである。

第三争点に対する判断

一  損害額

1  清満の損害

(一) 治療費 二万七八七五円

当事者間に争いがない。

(二) 病院に対する謝礼 四万円

当事者間に争いがない。

(三) 死亡による逸失利益 五〇九六万〇二八四円

前記争いのない事実に、証拠(甲四)及び弁論の全趣旨を総合すれば、清満は、本件事故当時三八歳で、千喜良運送店に運転手として勤務し、昭和六三年一月から同年一〇月までに合計三四四万一二六五円の給料(月平均三四万四一二六円)を得ていたこと、本件事故当時、原告らと同居し、右収入により生計を維持していたことの各事実が認められる。

右事実によれば、清満は、本件事故に遭わなければ、就労可能な六七歳まで二九年間稼動し、その間毎月少なくとも三四万四一二六円の収入を得ることができるはずであつたと推認することができ、また、その間の同人の生活費は右収入の三〇パーセントとみるのが相当である。そこで、右収入額を基礎に、右生活費相当額及びホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息を控除して、同人の逸失利益の本件事故当時の現価を計算すると、次のとおり、五〇九六万〇二八四円(円未満切捨て)となる。

(算式)

344,126円×12×0.7×17.6293=50,960,284円

(四) 慰謝料 一八〇〇万円

本件事故死によつて清満が受けた精神的・肉体的苦痛を慰謝するには、一八〇〇万円が相当である。

2  権利の承継

前記のとおり、原告美千代及び原告佐千子が清満の死亡により同人の被告らに対する損害賠償請求権を法定相続分に従い二分の一ずつ相続したことは当事者間に争いがないから、原告らは各三四五一万四〇七九円の損害賠償請求権を承継したことになる。

3  原告佐千子の固有の損害(葬儀費用) 一〇〇万円

当事者間に争いがない。

4  原告らの固有の損害

(一) 交通費 五万六二三〇円

当事者間に争いがない。

(二) 遺体運搬費 七六万五三五〇円

当事者間に争いがない。

弁論の全趣旨によれば、右原告らの固有の損害を法定相続分に従つて二分の一ずつ負担したものと認められる。

二  過失相殺

前記争いのない事実に、証拠(乙二ないし一三、被告武川本人)を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

1  本件事故現場は、東名高速道路の下り車線(以下、「本件道路」という。)上であるところ、本件事故現場付近の本件道路は、速度規制のないほぼ東西に走る直線道路であり、走行車線と追越車線の二車線(幅員はいずれも三・六メートルで、路面はアスフアルト舗装されている。)の本線車道の他、事故現場の東側の愛鷹パーキングエリアから本線車道に進入するための加速車線が走行車線の南側に設置されており、右加速車線は次第に狭まつて本件事故現場付近で走行車線と合流している。加速車線の南側(加速車線が走行車線に合流する地点より西側では走行車線の南側)には、白線で区分された幅三メートルの路肩、右路肩の更に南側には草地があり、追越車線の北側には白線で区分された幅〇・七五メートルの路側帯、右路側帯の更に北側には幅三メートルの中央分離帯が設置されている(中央分離帯内にはガードレールが設置され、植樹がなされている。)。

なお、本件事故当時、天候は晴れで路面は乾燥しており、また、加速車線の南側の路肩上には複数の駐車車両があつた。

2  被告武川は、広島県福山市所在の被告御山通商福山連絡所から加害車(最大積載量一〇トン、車長一一・九八メートル、車幅二・四九メートルの大型貨物自動車)を運転して雑貨品を関東地区まで運送した後、横浜市内で雑貨品を約一〇トン積載して、昭和六三年一〇月二八日午後一〇時ころに岡山に向けて同市を出発して本件事故現場の手前に差しかかり、本件事故当時、本件道路の追越車線を時速約一〇〇キロメートルの速度で走行していたところ(本件事故当時、本件道路の交通量は少なくそれまでは近くに先行車はいなかつた。本件事故現場(本件衝突地点)の約一六五・九メートル手前の前記愛鷹パーキングエリヤを少し過ぎた地点で、左前方約三五・八メートルの走行車線を時速約八〇キロメートルで走行中の被害車を認めた。しかし、同被告は、被害車がそのまま走行車線を走行するものと思つて格別気にも留めず、被害車を認めてから約二七・三メートル進行した地点で進行方向左側の加速車線の南側の路肩上に駐車している車両に目をやり、そのまま約五五メートル進行して(右走行距離と前記速度からすると、脇見運転をした時間は約二秒ということになる。)再び進路前方を見たところ、追越車線に車線変更をするため、右にウインカーを出して走行車線と追越車線を区分する白線をほぼ車体中央でまたぐ状態で走行している被害車を前方約一九・五メートルに認め、自車と被害車との速度差によりこのままでは被害車に追突する危険があると判断し、前記速度のままで走行車線への車線変更を開始したが、右の危険を感じた地点から約五五・八メートル進行した(その間に被害車の右への進路変更の合図は、進路変更が末了で区分線をまたいでの走行中に消え、同被告はこれを認めていた。)地点で、再び走行車線に戻つている被害車を自車の前方約七メートルに認め、再度追突の危険を感じて右に転把するとともに急制動の措置を講じたが及ばず、約二七・八メートル進行した地点で加害車の前部中央付近が、被害車の右後部付近に追突し、加害車はそのまま右斜め前方に進んで中央分離帯に乗り上げ、ガードレールに衝突し、衝突地点から約六五・三メートル進行して本件道路の追越車線上に停止した。

3  清満は、被害車(最大積載量四・二五トン、車長八メートル、車幅二・二メートルの普通貨物自動車)を運転して千葉県まで貨物を運送し、神奈川県川崎市内でコルゲートパイプ約二トンを積載して帰阪する途中で本件事故に遭つたものであるが本件事故現場の手前で、本件道路の走行車線を時速約八〇キロメートルの速度で走行中、追越車線に車線変更しようとして右への進路変更の合図をしながら、ハンドルを右に切り、走行車線と追越車線を区分する白線をほぼ車体中央でまたぐ状態まで追越車線側に寄つたところから再び走行車線に戻つたところ、前記のとおり、追越車線から走行車線へと車線変更をした加害車に追突され、被害車は追突の衝撃で左斜め前方に押し出されて路肩の南側の草地に乗り上げ、道路左脇に設置されていた可変式速度標識の支柱に衝突し、右側面を下にした状態で横転して停止した。

4  本件事故により加害車はフロントパネル及びフロントバンパーの凹損ないし曲損、前輪の車軸の曲損等の破損をし、被害車はキヤビン部が左後方に押しつぶされ、フロントバンパーが曲損していた他、右側後部荷台バタ板が曲損していた。

また、本件道路の走行車線上には、加害車の左右の後輪ダブルタイヤによつて印されたと考えられる長さ一〇・五メートルの二条ずつのスリツプ痕が二・一メートルの幅で二列に並んで残つており、それらに続いて、加害車両の右側車輪によつて印された左側車輪によつて印された一条のタイヤずり痕と同じくと考えられる長さ二七・八メートルの長さ三二・一メートル、三三・二メートル及び三四・〇メートルの三条のタイヤずり痕がそれぞれ走行車線から追越車線にかけて右に湾曲した状態で残つており、また、被害車の右後輪によつて印されたと考えられる長さ三三・五メートル及び二六・一メートルの二条のタイヤずり痕と、被害車の左後輪によつて印されたと考えられる長さ二八・二メートル及び一二・三メートルの二条のタイヤずり痕がそれぞれ走行車線から路肩にかけて左に湾曲した状態で残つていた。

そして、右認定の各事実によれば、清満が一旦は、走行車線と追越車線を区分する白線をほぼ車体の中央でまたぐ状態まで追越車線側に寄りながら再び走行車線に戻つたのは、追越車線側に寄つたところで後方の追越車線を加害車が高速で走行してくるのに気付いたことによるものと推認される。

なお、原告らは、前認定の本件衝突地点付近から被害車のタイヤ痕が印されていること、加害車の速度は時速約一〇〇キロメートルでありその場合の空走距離は約二七メートル程度であるはずであるのに、危険を感じた地点からスリツプ痕がつき始めた地点までの距離が一一・六メートルしかないことからすると、乙六(被告武川の指示説明による実況見分調書)の指示説明は不合理・不正確であると主張するが、前者については、被害車のタイヤ痕は、急制動により車輪がロツクされた際に路面に印されるいわゆるスリツプ痕ではなく、前認定のとおり、走行中の被害車にそれよりも高速度で走行中の加害車が追突したため、被害車が前方に押されて被害車の車輪の回転と速度が合わなくなつて路面とタイヤとの間に摩擦が生じたのと、前認定のとおり、加害車が被害車の右後部に追突したため、被害車に左に回転する力が加わり路面とタイヤとの間に横ずれが生じたことによつて印された痕跡であると考えられ、また、後者については、加害車によつて路面に印されたスリツプ痕は前認定のとおり加害車の後輪によつて印されたものであるから、実況見分における指示の基点である被告武川の目の位置と加害車の後輪との距離を考慮すべきであるところ、加害車の車長が前認定のとおり一一・九八メートルであり、乙四によれば、加害車の後輪は加害車の最後部に近い位置にあることが認められるので、被告武川の指示に不合理な点があるとはいえず、原告らの右主張は採用できない。

また、原告らは、本件事故は、加害車が被害車に二度にわたり追突したものであると主張し、原告佐千子本人の供述中には右主張に副う部分があるが、原告佐千子の右供述は、前認定のタイヤ痕の状況とも喰い違つていて採用し難く、他に前記認定を左右するに足りる証拠はない。

以上認定の各事実によれば、本件事故は、追越車線を走行していた被告武川が、進行方向左側の駐車車両に気をとられて脇見運転をしたために、右への進路変更の合図をしながら走行車線から追越車線へ車線変更をしつつあつた被害車の発見が遅れ、その時点で既に被害車への追突の危険が生じ、これを感じたにもかかわらず、何ら減速の措置とらず、法定速度(時速八〇キロメートル・道路交通法施行令二七条の二第一項二号)を時速約二〇キロメートルも超えた時速約一〇〇キロメートルの高速度のままで追越車線から走行車線に車線変更をすることで追突を回避しようとし、更に、被害車の車線変更が未了で走行車線と追越車線を区分する白線を車体の中央でまたぐ状態で走行している間に被害車の車線変更の合図が消え、これを認識したのであるから、被害車が途中で車線変更を中止して再び走行車線に戻ることもあり得るということを容易に予測できたにもかかわらず、なおも前記のような高速度のまま進行を続け、前方の安全に十分注視しないまま被害車を走行車線側から追い越そうとした過失によつて発生したものというべきである。

しかしながら、他方、清満にも、みだりに車線変更をしてはならず、車線変更をする場合には、後方から進行してくる車両の速度又は方向を急に変更させるような進路変更の仕方をすることがないように注意してこれを行い、かつ他の交通に対する予告の見地から車線変更開始の三秒前にその合図をしなければならない義務がある(道路交通法二六条の二第一、二項、同法五三条一、二項、同法施行令二一条)にもかかわらず、後方の加害車の動向に十分注意せず、かつ、車線変更の合図開始後三秒を経ないうちに車線変更を開始した過失があり、右清満の過失も本件事故の原因をなしているというべきであるから、原告らの損害賠償額を定めるに当たつては右過失を斟酌すべきであるところ、前認定の本件事故の態様、被告武川の過失の内容及び程度を考慮すると、前認定の損害額から三〇パーセントを減ずるのが相当である。

なお、被告らは清満が二度にわたり後方の安全を確認しないまま加害車の前方に割込んで加害車の進路を妨害し、二度目の割込みが直接の原因となつて本件事故が発生したと主張するが、本件事故は前認定のとおり、後方の安全の確認が不十分のまま走行車線から追越車線へ車線変更をしようとした清満が、車線変更の途中で追越車線を走行中の加害車に気付き、危険を感じて車線変更を中止し再び走行車線に戻つたところ、追越車線から走行車線へ車線変更をした加害車に追突されたという事故であり、また、被告武川が追越車線で被害車への追突の危険を感じてから走行車線に車線変更をし、再び走行車線に戻つてきている被害車を認め、再度追突の危険を感じるまでの時間は、前認定の加害車の速度及びその間の走行距離からすると二秒程度と考えられるから、被害車が加害車に気付き車線変更を中止して走行車線に戻つたのと、加害車が追越車線から走行車線へ車線変更をしたのは、ほぼ同時で、その間に時間的な間隔はほとんどなかつたものと考えられ(被告武川本人尋問中には、加害車が車線変更を完了した後に被害車が走行車線に戻つてきた旨の供述部分があるが、前記のとおり、再度追突の危険を感じるまでの時間が二秒程度であることからするとにわかに信用することはできない。)また、前認定の事故態様によれば、被告武川が最初に危険を感じた時点で適宜減速の措置を講じていれば容易に本件事故の発生を回避できたと考えられるから、清満がとつさの判断で追越車線への車線変更を途中で中止して走行車線へ戻つたことをもつて、被害車の加害車に対する割込みとみることはできず、被告らの主張は採用できない。

三  損害の填補

前記のとおり、原告らが本件事故による損害の填補として、自動車損害賠償責任保険から二一二六万八九六四円、被告御山通商から二六八万四四五五円を受領し、各二分の一ずつを原告らが清満から承継した損害賠償請求権及び原告らの固有の損害賠償請求権に充当したことは当事者間に争いがないから、被告らが賠償すべき残損害額は、原告美千代に対しては一二四七万〇六九九円、原告佐千子に対しては一三一七万〇六九九円となる。

四  本件事故と相当因果関係にある弁護士費用の損害額は、原告美千代に対しては一二五万円、原告佐千子に対しては一三〇万円と認めるのが相当である。

第四結論

以上によれば、原告らの本訴請求は、原告美千代が一三七二万〇六九九円、原告佐千子が一四四七万〇六九九円、及び右各金員に対する昭和六三年一〇月二九日から各支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、これを認容し主文のとおり判決する。

(裁判官 笠井昇 松井英隆 永谷典雄)

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